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2005年12月 2日 (金)

心通う友

心通う友を持つことは幸せである。七夕のように、年に一度会うだけで何時も会っているかのような友と今年も会った。

今年は、浜岡原子力館と御前崎燈台を訪れた。出来れば浜松の楽器博物館もと思ったがそれは多少欲張りというもの。

御前崎に立つ純白の燈台にはロマンが在る。御前崎の地名は「最大の岩礁」という意味とのこと。燈台の眼下には無数の岩礁に黒潮がぶつかり、海鳴りと飛沫の花を咲かせる。

燈台の螺旋階段を70段上り、更に15段の鉄の階段を上ると、回転式3等閃光大型レンズの前に立つ。外は烈風に吹き曝され帽子は手で押さえていないと吹き飛ばされる。

今から凡そ370年前、徳川幕府は船の道標としてこの地に、見尾火灯明堂を建てたのが始め(現燈台の傍に見落とすほどの大きさで建っている)。今の燈台は明治7年(1874)5月1日に点灯開始された。当時は回転式1等閃光レンズを使っていたが、太平洋戦争中に壊され、前述のレンズに変っている。レンガ造りの灯塔は建設以来130年を経ている。

燈台に隣接して山口誓子の句碑が立っている(写真)。

  碧の濃き灘通り来し土用波  誓子

omaezaki

又、丸山 薫の歌碑も立っている。

  おお御前崎 ここの断崖で海は二つに切られている

      駿河の光と遠江の風に    丸山 薫

御前崎を詠った句は、

 寒潮の難所に届く灯台光     誓子

 燈台を降りる春着の裾押さへ  いとが

この御前崎は、太平洋戦争下連日米軍機の進入口になったのは有名である。

燈台の前に、ちんまりした食堂があり、そこで食べた厚さ3cmの刺身は美味しかった。友との尽きない話を惜しみながら、灯の点る浜松駅へ戻って、そこで別れた。

 

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旧友と一緒に御前崎に遊んだ。 その為に前日、浜松に泊まり、浜松市楽器博物館を訪れた。 私は御前崎も初めてだが、楽器博物館は、その存在すら知らなかった。 浜松在住の友人に教えられて見学し、その素晴らしさに驚いた。... [続きを読む]

受信: 2005年12月 4日 (日) 14時21分

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