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2005年12月23日 (金)

再び「無言館」

戦没画学生慰霊美術館「無言館」が、「人々の心に感動を与え続けている」事を評価され、館主である窪島誠一郎氏と、同じく窪島氏と協力して開館に努力した洋画家 野見山暁治氏(東京芸大名誉教授)が、第53回菊池寛賞を受賞した。

11月8日の読売新聞「窪島誠一郎さん」によれば、無言館の開設は、大正・昭和の夭折画家の作品を集めた「信濃デッサン館」を26年前に開設した窪島氏が、戦死した美術学校の友人たちへ深い思いを寄せる野見山氏と出会ったのがきっかけという。以来2人で協力して各地の遺族を回った。「彼(窪島氏)はきちっと頭を下げ、信じてもらえるまで何度も訪ねた」(野見山氏)。

受賞は「僅か10年の活動に、花束を贈られるようで、ある種の罪深さも感じる。…まだ道半ば。傷んだ作品の修復もしたいし、飾りきれない作品を展示するため分館も建てたい。”抜き差しならない使命感”からだ」と、窪島氏の弁が記されている。mugonkan_2

信濃デッサン館近傍より望む無言館(上)

12月18日の日経新聞の文化欄には、野見山氏が凡そ次のような事を書いている。菊池寛賞受賞の報を受けて、「キクチカン賞、初耳だが、上田市郊外に造った無言館の功績によるものと説明された。…かつてNHKの企画でぼくが戦没画学生の家を尋ね歩き、それを記録した”祈りの画集”を、窪島氏はながいこと温めていたらしい。ある日ひょっこりとぼくの前に現れて、戦没者の遺作を集めたいので協力していただきたいと、渋るぼくに食い下がってきた。…受賞式が終ってパーティー会場に移ると、遺族の方たちが晴れがましい顔をして、大勢待っている。…みんな喜んでいるんだ。…無言館、なんと言ったらいいか、これはクチキカン賞がふさわしい。」と、ある。

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上の写真は、無言館入口を飾る、石で造られたパレット状の「記憶のパレット」と呼ぶ慰霊碑とも言うべきもので、それには「私たちの芸術と 私たちの銃の前にあった すべての芸術のために」と刻まれている。そしてカンバスに向かう画学生たちの姿が描かれ、戦没画学生の氏名がその下に刻み込まれている。

ご子息と共に「無言館」を訪れた水原 春郎氏は、
       その父の一言激し俄冷 ( 春郎)
       君も我も大正生れ曼珠沙華 (同上)
       身に入むや君ら残せし筆のあと (同上)
       自画像の一人一人に秋思濃き (同上)
       未完の画心に遺し天の川  (同上)     

又、「無言館展」を見た長谷川 史郊氏は、
       ハンカチをにぎりしめ立つ遺る絵に ( 史郊)
       描きたる命の証し雁のころ (同上)
       「還りたら巴里に行きたし」萩の風 (同上)

*以前の記事(無言館)こちら
*以前の記事(続・無言館)こちら

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