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2005年10月19日 (水)

戸隠から姨捨へ

戸隠から飯綱高原を過ぎり、通称七曲を下ると善光寺の裏手へ出る。スケジュールの関係で善光寺にお参りする時間がなく、右に往生寺、左に善光寺を見ながら下る道の両側は一面の林檎畑。長野県庁を右に見て直進すると、やがて川中島古戦場址に出る。そこから右に曲がって善光寺平西端の姨捨へ出る。

姨捨は棚田、田毎の月と共に有名な俳人の多数の句碑が並び、秋には観月会と俳句会が長楽寺で開かれる。

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          姨捨の棚田風景

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左:月見堂と桂の木                                 

右:芭蕉翁面影塚                                                                                                                                                                                  

長楽寺の境内には句碑多数が並んでいる。桂の大木の横にある月見堂へ上る石段のところには有名な芭蕉翁面影塚があり、

  おもかげや姨ひとりなく月の友

の句が刻まれている。

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               観音堂と姨岩

姨岩の伝説は楢山節考と共に今も伝えられ、其の由来が細かく書かれている。

多数の句碑はこの岩を囲むように立ち並び、芭蕉句碑と共に長楽寺の境内を賑わせている。

 信濃では月と佛とおらがそば(一茶)

 名月や思ふまじきは過去未来(可都三)

 名月に瀬音ひそめて千曲川(里軒)

 枯れ果てゝ信濃路はなほ雪の前(登四郎)

 くるみ割るこきんと故郷鍵あいて(翔)

短歌にも、

わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月をみて(よみ人知らず)がある。

  

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