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2005年10月11日 (火)

上田紬を織る女

上田紬は、真綿からつむいだ紬糸や生糸を経糸(たていと)に、緯糸(よこいと)には紬糸を使って織り上げる。丈夫で着やすく落着いた色柄等が上田紬の特色である。

上田紬の名が有名になったのは関ケ原合戦の真田昌幸、幸村父子の大奮戦によるという。その後藩主が替わり、時代が変わり幾多の変遷を経て受け継がれているが、現在も紬本来の糸使いの良さ、風合いの良さ、素朴さ等から多くの人に愛好されている。

無言館、信濃デッサン館の中間に、上田紬を織り、シャツ・ネックタイ・ヴェスト・帽子等を始め様々な小物まで、仕立てて売っている店があり、色鮮やかな上田紬の商品を楽しむ事が出来る。

私は、機を織る音を聞くと、母が冬になると玉繭(屑繭)を紡いで糸を作り、機を織っていた光景と音を思い出して、そこはかとない郷愁を覚える。

uedatsumugi

上田紬を織る女(信濃デッサン館の近く)

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コメント

サンバ、上田紬 取材あんてなあちこちにひろげていますね。祖母が桶の中にぷかぷか浮いている玉繭から糸を糸車に紡いでいたことをおもいだしました。妻が母から祖母紡いだ白絹を貰い着物に染めたような記憶があります
 象川さん、変人キッズさんのドラツクバツクの記事拝見しつつ、よきお友達をもつておられるなと、論争の質の高さに改めて、アルプスさんに敬意を感じていました。
 OLアンナさんの画面に、画面の可愛さにときめきを感じる半面、顔文字?をつかつての文章にとまどつています。アルプスさんのファンにこんな可愛い子がいるのかと、羨ましくおもったり。  二三日調子が悪くしょぼくれている尚童より
 

投稿:             尚童 | 2005年10月12日 (水) 10時40分

尚童さま
コメント有難う御座います。私のブログ記事を隅々まで読んで頂いて恐縮です。
尚童さんの祖母様の玉繭に絡む思い出は、私の母への思い出と共通するものがあって懐かしい。
12,13日と又信州へ行ってきました。12日は安曇野での林檎狩りと大町の青木湖の周辺を散策し、13日は鬼無里の松巌寺(鬼無里の名の由来にからむ寺)、戸隠の中社で蕎麦を食べ、姨捨で句碑や棚田を見てきました。
碌な句は作りませんでしたが。

投稿: Alps | 2005年10月14日 (金) 10時34分

 青木湖の写真いいですね、ロマンチストのアルプスさんに相応しい。
 わたしの青木湖の思い出は、湖畔のホテルで夕暮れの湖をみながら飲んだ、グリンピスの冷たいポタージュ。いまでもそのグリーンが目に浮かびます。アルプスさんと違いホテルで食事するなんてことが、少ないせいでしょうが。  あの付近を通るとき、昼食などによつたりしますが、静かでいいですね。
 昭和の始?、学者村があつて避暑に来ている学者たちの、夏期講座かなにかあったんですよね。いわゆる教養講座が、そんなのんびりした講座は今はなくなったんでしょうね。

投稿: 尚童 | 2005年10月17日 (月) 10時27分

尚童さま

青木湖の湖畔にポツリと置かれた椅子一つが何故か印象的でした。

食通の尚童さんの青木湖の感想は矢張り、食に関連していますね。でもそんな想いを大切にしたいものですね。

今は青木湖も観光の端境期でホテルの宿泊客もご年配のご夫婦が多いようでした。

投稿: Alps | 2005年10月17日 (月) 12時12分

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