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2005年8月 2日 (火)

忘れない

長野の在に、私の従兄で篤農家の誉れの高いK.H.さんがいる。今年83歳になる。彼からは毎年、今頃の時期になると丹精を込めた桃が送られてくる。

彼は小学校しか出ていないが、終始首席で通した頭脳の持ち主でもあり、高等小学校卒業後、最初は旧国鉄時代の長野工機部(当時は入るのが難関だった)に勤めたが、家業の農業に専心する為に中途退職して現在に至っている。この間ありきたりの農業に飽き足らず、品種改良や収量増加に工夫と改善をすると共に、其れを無償で他の農家にも提供したりして、篤農家として地元だけでなく東京まで行って表彰された事が何回かある。

彼から今年も桃が送られてきた。何時も筆書きの達筆な書面が入っている。今年も入っていた。

「(前略)小生も百姓として働き続けて半世紀。定年の無い百姓の人生にも老齢という限界がある事を八十路を歩み始めて知りました。桃作りも本年をもって卒業したいと思います。長年未熟な味を御賞味いただき有難う御座いました。今年の桃の味をどうぞ覚えておいて下さい。

    老いの身の生きとし生きし農の味を桃の香りに想いをこめて

平成十七年盛夏  K.H.生より皆様へ」

とあった。味も忘れまい、それ以上に心は決して忘れない。

このように真摯に生きている人たちを思うと、国民の血税を無駄使いしている輩の存在を見逃すわけには行かない。昨日(8/1)の夕刊読売新聞には、国費を使って海外留学後、早期退職する若手キャリア官僚が増えている問題を取り上げている。さすがに人事院も放っておくわけに行かず、留学費用の返還を義務付ける新たな法制度を導入する方針を固めたとあるが、此れなども国費を使って、個人的なキャリアアップに使われている一例で税金無駄使いの氷山の一角とも言えるのではないか。

(添えられた手紙と共に送られてきた桃の一部~テーブルの上で撮る)

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(送られてきた桃の一部~芝生の上で撮る)

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コメント

尚道さん、コメント有難う御座いました。
「豊川の桜」のコメント欄に頂いたので見逃す所でした。
私たちの子供の頃は、今から見ると随分貧しい時代だったと思います。しかし貧しいと言う感じは余りなかったように思います。そんな生活が当たり前だったのでしょう。貧しさの中にあっても精神的には案外充実していたのでしょう。
それに人の生活を羨んでいるほどのゆとりもなかったのかもしれません。
親の働く姿や話を小耳に挟んで自分の立場を子供心に考えていたのかも知れません。

投稿: Aips | 2005年8月 3日 (水) 14時33分

この記事が公開された日の内に拝読して、胸中に溢れるものがあり、コメントをしようと思いながらも、想いを文章化することが私の力量を超えていて躊躇っていました。
今迄温泉地に遊びに行ったことなど無い私が一寸した経緯があり先月訪れた塩原温泉に再度足を運ぶ事に成り、帰宅して見ると、次の記事が公表されていました。更に記事が重ならない内にコメントします。
実は私にもK.H.様と非常に良く似た人柄・実績の叔父が居ました。記事を読んで直ぐにこの叔父の想い出へと思いが飛んだのでした。
K.H.様よりも二周り程も年長の叔父は時代に翻弄された人生を既に終えています。
60年前の日本の不幸な出来事の流れの中で、財産も子供達も失った叔父は流石に一旦は気力を失いましたが、その後男児を一人得て、その息子さんの所から今も叔父の残した樹木の立派な産物が季節季節に送られて来ます。
私がコメントを書くのを躊躇ったのは、実はこの叔父の息子や孫どもが叔父の偉さを全く理解出来ないで居る事です。
終戦後、可也な年齢に達してから儲けた息子を、「将来Y.K.君にでも面倒を見て貰わなければ」、などと言った叔父でしたが、私の力量不足で何も出来なかった。 孫どもも高学歴は得たものの祖父の偉大さを全く理解しようとしない。

塩原温泉の湯船の中で、生涯を農作業に捧げてきたと思われる、穏やかな誠実そうな80代のご老人とお話をする機会があり、叔父とこのブログ記事を思い起し、私は済まない、とも残念とも言いようのない思いをして帰宅しました。
(具体的な出来事を100頁位も掛けねば)、完結には表現出来ない私の思いを唯感情の赴くままに、この様なコメントとして送るのを、叔父にもAlps様にも、申訳なく思います。
この記事にはK.H.様のご家族の話は何も無いので恐らくお幸せなご家庭を築かれたのだろうと拝察するが、農業の現業を離れて、今後の人生のご多幸を心からお祈り申上げます。

投稿: Y.K. | 2005年8月12日 (金) 18時02分

コメント有難く拝見しました。
Y.K.様の叔父上様といい、K.H.さんといい、このような人たちの真摯な生き方を、肉親でも理解できない人たちが増えて来ているのは、淋しい事ですが確かな事のような気がします。
K.H.さん御夫婦はいつ会っても気持ちの良いご夫婦ですが、残念なことにお子さんが無いので、恐らく弟さんに家をやらせるようですが、その淋しさを口に出した事がありませんでした。
その意味では、叔父上様といい、K.H.さんといい、或る種の共通面を持って居られるのかもしれませんね。

投稿: Alps | 2005年8月12日 (金) 22時10分

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「イプサム・ブログの記事」は、 毎回大体100字程度の簡潔なものであり、 私は良く知らないので間違っていると申訳ないが、 他所のブログにTBすることを目的乃至は前提として書かれた記事が多くあるのではないかと想像する。   その 9/14 の記事のコメントの応酬が有って、面白く思った。... [続きを読む]

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