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2005年8月16日 (火)

終戦日に想う

     あなたは勝つものとおもってゐましたかと
          老いたる妻のさびしげにいふ (土岐善麿)

私は終戦日が近づくと何時もこの詩をしみじみと思い出す。昨日のY紙にこの詩が、写真つきで掲載されていた。そして改めて、国家の為に命を捧げた人々の為に現在の繁栄が齎されている事を想ひ、其の繁栄が虚構の繁栄にならない事を願うや切なるものがある。

下記の文章は旧友のご意見に対して、私のコメントしたものの一部を修正したものです。

歴史的10日間

1945年8月6日から9日を経て15日に到る10日間は将に日本にとって歴史的10日間と言える。
当時は松代大本営を築きつつあり、坑道は地下6キロに及ぶ。降伏を拒み、この施設を用いる機会が訪れたら日本列島は其の時屍の山を築いたであろう。
原爆投下が終戦への決定的要因となったのは終戦の詔勅の中にも明らかである。にも関わらず当時の雰囲気は、戦争継続の強硬論があったが略奪を免れた終戦の詔勅の放送によって最終的に決定した。終戦の詔勅の一節には以下のような箇所がある。
「加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ……」。

原爆投下側の倫理感に就いてのルーズベルトとトルーマンの相違は、貴説によって知る事が出来ました。トルーマンの出現は日本にとっては不幸な大統領の交代であった。
6,9,10日のサイレンの音を聞く時には、粛然として姿勢を正すが諸々の感慨が胸に迫って込み上げてくるもがある。

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» [49]「終戦日に想う」に思う [変人キャズ]
久々に今回は、旧記事の再録でなく、2005/8 の感想文である。 Cogito ergo sumu ブログ http://hyts-kwhs.cocolog-wbs.com/ の記事「終戦日に想う」に次の短歌を見た。 [続きを読む]

受信: 2005年8月17日 (水) 06時54分

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