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2005年8月12日 (金)

俳句が詠んだ太平洋戦争

この間、NHK ETV特集で「俳句が詠んだ太平洋戦争」が約30分間放映された。其の中から記憶に残る数編を。

    水脈(みお)の果炎天の墓碑を置きて去る(金子兜太)

金子兜太氏はS18年、トラック島へ。そして終戦。多くの戦死した戦友や、犠牲になった島民の墓碑を、船上から拝みながら帰国した。

   遊学の都を去らん秋の雨(古館曹人)

S18年12月学徒出陣。それに先立って古館曹人氏は、恩師に別れの挨拶に行った。当日は学徒出陣の日と同様に雨が降っていた。

   学徒われペンを捨つべく菊白し(古館曹人)

当時の学徒にとってペンを捨てる事は命を捨てる事だと思った悲痛な世代。明日が保障されている今の世相と比較して感無量。

   何処か扉がはためくケロイドの港(金子兜太)

   山上の墓原を行く天を誹(そし)り(金子兜太)

当日の放映の司会進行は金子兜太氏だった。

   啓蟄や兄の潜艦浮上せず(相原左義長)

   爆心地汗する無数の黙(もだ)に会ひぬ(相原左義長)

   被爆手帳遂に手にせず羽化進む(相原左義長)

相原左義長氏も亦、被爆者。

   

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コメント

「俳句が詠んだ太平洋戦争」番組中で使われた俳句を、ほかにもご存知でしたら、教えてください。
 小生、教員をしています。授業でこの番組で使われた俳句を使っています。ところが、使われた俳句の一覧が出てこなくなって、往生しています。
 何か手がかりでもあればご教示いただけると幸いです。
 溝部 明男

投稿: 溝部明男 | 2007年12月17日 (月) 14時24分

“戦争が 廊下の奥に 立ってゐた” 1939年 渡辺白泉(俳人)

 『戦争俳句』と呼ばれる俳句がある。戦中、そして戦後の六十年間にわたって戦争は俳句に詠まれ、傑作が生みだされてきた。
 今、戦争を体験した“戦中派”の俳人たちが次々と亡くなっている。戦後六十年を迎える今年は、こうした人々の証言を得る最後に近い機会となるだろう。
  ”彎曲し火傷し爆心地のマラソン”金子兜太

戦中派の巨匠で、トラック島で終戦を迎え、自ら「戦争が原点だ」と語る俳人、金子兜太(85歳)。番組では金子が、戦争を体験して句を詠んだ作者やその俳句を語り継ぐ人々を訪ね、その証言を記録する。出演者は他に、俳人の黒田杏子など。                (NHK所載の記事より)

投稿: Alps | 2008年1月 2日 (水) 23時24分

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