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2005年7月 5日 (火)

或る老夫婦

6月23日、根室本線の富良野駅から釧路行きの列車に乗った。目的地は函館駅。ただ富良野から新得で乗り換えるまでは、普通列車で二人づつ相向きの旧型車で冷房もなく、天井に扇風機がだるそうに回っていた。乗客も少なくガラガラ状態だった。

ふと気が付いて見ると、通路を挟んで私達夫婦の反対側のボックスに老夫婦が乗っていた。そのご夫人がA4版位の額を車窓に外を向けて置き、手で支えていた。見るともなく見ていると何かご主人と、ぼそぼそと呟く様に話していた。列車の進行方向の右側は夕張山地、左側は石狩山地。額は夕張山地の山々が見えるであろう方角(その日は曇っていて何れの山も見えなかった)に向けられ、列車が新得駅手前の新狩勝トンネルに入るまでそれは続いていた。私たちの方からは額の裏側しか見えないのでどんな写真が入れられているのか知る由もなかった。

恐らくお子さんか、お孫さんが山で遭難でもされたのではないかと私は思った。老夫婦は其の思い出の地に写真を持って訪れ、三人で話していたのではないだろうか。私たちが新得で下車した後も、老夫婦はそのまま乗って行かれた。

新得駅で乗り換えた後私達と、同行の友人夫婦との間で其の話が出て、皆が密かに思っていた事が期せずして同じだった事がわかった。勿論老夫婦とは話を交す事もなく一期一会の車中光景だったが、何か今も其の光景が旅の思い出の一隅を占めている。

このような人間社会の現実を他所に、富良野は、矢張り北の大地の風格を滲ませていた。

grass_roll

               草ロール

wheat_field

              富良野の麦畑

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コメント

老夫婦、函館拝見しました。皆さんが同じ想いで、老夫婦を見守られた優しさに感動しました.
 函館というと、エデンの園に赴任し、ご入居者のお話を聞きつつ、明治の女の強さに感激し、明治の女を知りたくて、読んだほんの一つに、島崎藤村の最初の妻冬子のことを書いた
「冬の家」(森本貞子)があります。
 冬子は函館生まれなのです、そのことを書いて送ろうと、一生懸命書いたのですが、
何処どう間違えたか、送信の前に全部消してしまいました。もうバタンキュ改めてまた。

投稿: 尚 童 | 2005年7月 5日 (火) 22時57分

コメント有難う御座いました。
島崎藤村の最初の妻「冬子」の記事拝見したかったですね。
明治の女の強さに就いては、私の母を見ていて実感です。又私の大切な友人YK君も全く同じ意見を持っていて、何回かのメールの往復の中で共感しあった話題でもありました。

投稿: Alps | 2005年7月 6日 (水) 08時11分

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