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2005年5月16日 (月)

下栗(しもぐり)の里

 三遠南信(三河、遠州、南信濃)歴史研究会一行20数名で、5月15日、南信州の上村(かみむら)の遠山郷・下栗の里へ行って来た。上村を土地人は一名「神村」とも呼んでいる。高所にあって限りなく天に近く又、「上(かみ)=神(かみ)」と引っ掛けたものだろう。

南信州・遠山郷の上村には霜月祭等の重要無形文化財や「日本のチロル」と言われる、下栗の里、それから更に1000m上がった所にある、「しらびそ高原」等は、気候の良い時には観光客が訪れる。その上村も南信濃村と共に飯田市に合併され、一方、静岡県水窪町まで合併する浜松市と、飯田市が隣り合わせになる事になる。

上村には重要民俗文化財指定の「霜月祭」等の固有文化があり、この地に限らず、心ある人からは、平成の大合併に伴って、その地の固有文化が失われる危険性を心配する声が上がっている。

「遠山郷下栗の里を日本のチロルと命名す、東京学芸大学教授 市川健夫」という碑の立っている下栗の里は、標高1000mの山肌にへばりつく集落。平家の裔という説も有るが定かではない。70数戸の家が最大斜度35度の畑を耕している。下から上に向かって耕すと、土が下に落ちてしまうので、この地独特の長い柄の鍬を使って、上から下に向かって耕している。こんなにまでして何故という気もするが、この土地の人はこの地をこよなく愛し、最近では若者にも回帰現象が出始めている言う。このような文化や風景に接すると、特殊法人などに巣くって、税金を無駄使いしている連中のいることに無性に腹が立つ。

上村のパンフレットによると、「日本の原風景を今に残し、神の恵みを受け続ける里、下栗。この集落は、太陽が足下から昇ると表現されている。眼前には南アルプスの山々を望め、百名山で名高い聖岳・光岳が手に取るようだ。急斜面に広がる耕地は、お茶をはじめ、蕎麦・二度芋・コンニャク・雑穀類が栽培され、まさに「耕して天に至る」の光景である」と、ある。

二度芋もコンニャクも蕎麦も本当に美味しかった。此処からの夕日の眺めは日本でも有数の眺めと言う。今回は天候は薄曇だったものの、遥かの山々まで見渡せて素晴らしい光景だった。そして村人たちの働く姿に胸を打たれた。

この下栗の里から、約1000m上がった「しらびそ高原」は標高2000m。途中には、日本初の隕石クレーターと言われる「御池山クレーター」が望める。高原からの南アルプスの山々を望む大パノラマは声をのむほどだ(数年前に、その風景を目の当たりにした)。生憎、今回は濃い霧の為、視界30mでは致しかたないが、今回の研究会の主目的は、下栗の里 に有ったので、しらびそ高原の眺望不良は、そう思って諦める外はない。深い感動と素晴らしい風景に接する訪問だった。ご案内頂いた上村役場の観光担当の課長さんにもお礼を申し上げる。

     写真は「下栗の里」の一風景

20050515

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コメント

素敵な写真ですね。遠い昔の記憶をよびおこす様な原風景で、心が癒されました。

投稿: HK | 2005年5月17日 (火) 09時08分

HKさん、コメント有難う御座いました。
下栗の里の風景は、本当に「天空の里」というイメージで、偶に訪れるものにとっては、素晴らしい眺めですが、其処に暮らして居る人たちにとっては、かなり厳しいものと思います。特に冬などは厳しいでしょね。
しかし、はたの人たちが感じるようには土地の人は感じていないかもしれません。
私たちの嘗て貧しい時代に、その貧しい暮らしの中に居てみると、それほど感じなかったように。
只、今は情報や交通が発達していますから暮らしのレベルを比較する事が容易になっただけに、昔のような環境とは違いますから、他人が憶測して物を言うのは失礼かとも思っています。
お説のように、遠い昔の記憶を呼び起こすような原風景に心が癒される感じでした。

投稿: Aips | 2005年5月22日 (日) 15時08分

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