« 新幹線の踏切 | トップページ | 十二単(じゅうにひとえ) »

2005年4月24日 (日)

思い出のスチュワーデス

私が始めて海外出張をしたのは昭和38(1963)年の夏。1ケ月に渉る欧米の技術視察だった。当時はパスポートの申請・受領は外務省まで行かねばならない時代で、海外で日本人と出会う機会は殆ど皆無に近かった。

出発は、1963年8月10日(土)、羽田発11.15AMのパリ行きの南回り。乗機はエールフランス187便、ボーイング707(或いはDC-8だったかも)。羽田より、マニラ、サイゴン(現ホー・チミン)、バンコック、カラチ、テヘラン、アテネ経由パリだった。今から考えると気の遠くなるような長旅だった。このフライトは日本航空とタイアップして運行していたのでフランスのスチュワーデス(今はフライト・アッテンダントと言う)の他に日本人のスチュワーデスが一人便乗勤務し、機内アナウンスもフランス語と日本語の両方だった。乗客は私を含めて10数人と言う小人数で、日本人スチュワーデスは途中で和服や洋服に着替えてサービスに勤めていた。そんな事情だったので、彼女は日本人である私の席の横に時々座っては、身の上話までしてくれたので、お陰で私は初の海外出張にも関わらず、随分緊張をほぐして頂いた。その時の彼女の氏名等を確認しておかなかった事を後悔している。今お元気でいらっしゃったら当時の思い出話等したいものと思っている。

所で、つい最近ひょっとした事から、1998年4月にフライト人生40年の勤務を終え、60歳の定年で日航を定年退職した「永島玉枝さん」と言う方がいらっしゃる事を知った。この年齢からすると私が出張した1963年の時は25歳だった筈で、私とお話してくれた方と極めて近い。彼女は日本人女性初のフライト時間2万5020時間、主に国際線を担当して、日航初の管理職乗務員として活躍し、最近その関係の本を読売新聞社から出していると聞いた。若し彼女が私のお会いした、あの時のスチュワーデスであったら、ぜひお会いして話をしたいものと思っている(その著書はまだ読んでいないし、JALへの問い合わせ等は今のところ未済)。

|

« 新幹線の踏切 | トップページ | 十二単(じゅうにひとえ) »

コメント

変人キャズ様
コメント有難う御座いました。何気ない出会いが真の出会いになる事がある。でも真の出会いにする為の努力(と言うほどではなくても)が有ってこそだろうか。後から考えると胸が振るえるほどの懐かしさの湧く出会いが有る。このケースもそれに近いケースと思う。

投稿: Alps | 2005年4月25日 (月) 09時18分

「類は友を呼ぶ」から「肝胆相照らす」までの道程を思うことがあります。

投稿: Alps | 2005年4月26日 (火) 17時05分

偶々Alpsさんの「思い出のスチュワーデス}を見つけた。
そして其の中に出てくる「永島玉枝」さんの著書を調べてみた。読売新聞から発行している「スチュワーデス 私の2万5020時間」と河出書房新社刊の「聡明な女は媚びず、甘えず、諦めず」を読んで、Alpsさんの探している人は、この人に間違いないと確信した。
それにしても人と人との出会いとは不思議なものですね。そしてお会い出来れば宜しいですね。

投稿: 山法師 | 2005年7月 5日 (火) 10時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99342/3841371

この記事へのトラックバック一覧です: 思い出のスチュワーデス:

» 昔の人に、また逢はめやも (1) [二人のピアニストに思う]
★昔の人に、また逢はめやも (1)『司馬遼太郎』氏: Alps さんのブログ記事、「思い出のスチュワーデス」 http://hyts-kwhs.cocolog-wbs.com/cogitoergo_sum/2005/04/post_8945.html に刺激を受けて、私も出逢いに就いての思いを旧い私信{私の出逢った人}より転記して述べる。 若い頃に、下の句が「昔の人にまた逢はめやも」で終わる何首かの短歌を見た時に自分ではそれなりに理解した心算で居た。... [続きを読む]

受信: 2005年4月25日 (月) 21時46分

» 昔の人に、また逢はめやも(2) 『無名の母親』 [二人のピアニストに思う]
前回は「司馬遼太郎」という有名人の話を書いたが、今回は逆に全く無名の田舎の女性の話です。 司馬氏の話を書いている時、私の頭に突然1人の「母親」の顔が浮かびました。半世紀も昔の、全く忘れて居た事なのに、です。 出来ごとは、ある夜、私が家業の薬局の店番をしている時、ある青年が薬を買いに来たことに始まります。彼は財布を忘れて,お金を持ってないので薬を貸せと言いました。 初めての客であり、顔見知りでもないし、代金を払わぬのに品物�... [続きを読む]

受信: 2005年4月27日 (水) 17時02分

« 新幹線の踏切 | トップページ | 十二単(じゅうにひとえ) »